企業買収に関するルール
買収の結果、規制対象の事業体に対する第三者の議決権が次のいずれかにあてはまる形で増加する場合には、規制対象の事業体の持分を取得することが禁じられます(ただし、限定的な例外があります)。
- 買収前20%以下の議決権が買収後20%超に増加する場合
- 買収前20%超90%未満の議決権が増加する場合
議決権とは、広く、規制対象の事業体の議決権付証券に係る自己または自己の関係者の持分をいいます。
「持分(relevant interest)」の概念は広範なものです。原則として、関連する証券を保有しているか、または証券に係る議決権の行使や処分をコントロールできる場合には、証券に係る「持分」を有していることになります。また、企業グループが保有する持分や、第三者との契約を通じて保有する持分にまで規制が及ぶことがあります。
企業買収に関するルールは、買収者がオーストラリア居住者であれ、外国投資家であれ、等しく適用されます。また、海外における買収であっても、結果的にオーストラリアにおける企業買収の効果を生じさせる場合もあります。とりわけ海外の買収対象が直接または間接にオーストラリアの規制対象の事業体における20%超の議決権を有する場合はこれにあたります。
この企業買収ルールの目的は、規制対象の事業体の支配権をめぐる市場が、効率的で競争的であり、十分な情報が提供されているようにすることと、証券保有者全員に対して、買収提案に参加する合理的で平等な機会を与え、かつ規制対象の事業体に対する相当な持分を取得することとなる買収の提案があった場合に、これを考慮するための十分な情報と時間を与えることにあります。
買収禁止規制についてはいくつかの例外があり、これには、市場内外における公開買付け、裁判所が承認したスキーム・オブ・アレンジメント、買収対象企業の株主が承認した買収、選択的減資、6か月毎に行う3%の範囲内での取得(acquisition creep)などがあります。これらに加え、ASICは個別案件ごとに買収ルールを免除したり、その修正したりする権限を有しています。
100%の支配権取得が目標である場合には、(本質的に強制的買収であるスキーム・オブ・アレンジメントと選択的減資を別にして)2種類の強制的買収が存在しますが、通常このような少数株主のスクイーズ・アウトは、買収者が買収対象である種類の株式の90%を保有するまでは適用されません。
規制対象の事業体が上場している場合には、その5%以上の議決権を取得する際にも、ASXおよび関連する事業体への開示が義務付けられます。また、企業買収委員会は、支配権に関わる取引の文脈において、現物のみの保有割合がが5%未満であっても、スワップのロング・ポジションと現物をあわせて5%を超える場合、またはスワップのロング・ポジションのみで5%を超える場合には、原則として、デリバティブを通じて保有している経済的利益の開示を求めています。
- オーストラリアにおいて企業買収を実施するためにもっとも一般的な方法は、市場外での公開買付けと裁判所が承認したスキーム・オブ・アレンジメントです。市場外での公開買付けは上場会社の証券の全部または一部の買付けの申込みであり、対価は現金、買収者の証券、あるいはこれらの組合せになります。市場外公開買付けの手続、条件および主要な書類は会社法ののChapter6に定められています。
- 企業買収の文脈でのスキーム・オブ・アレンジメントは、対象会社の全株式が強制的に買収者に移転する取引です。スキーム・オブ・アレンジメントが株主(総議決権の75%以上および投票した株主の過半数)と裁判所に承認されると、スキーム・オブ・アレンジメントは全株主を拘束し、その結果、対象会社の全株式が買収者に移転することになります。
規制当局の関与
企業買収プロセスには、いくつかの規制当局が関わっています。
- オーストラリア証券投資委員会(ASIC):会社法の遵守を監督する機関であり、会社法の規制を修正・免除する権限を有します。ASICは、買収における真実性ポリシー(市場参加者が自己の将来の意図について公表したステートメントに従うことを義務付けるポリシー)に基づき、買収者および買収対象企業の報告書類の事後精査や、買収の過程で提出されたスキーム説明文書や報告書類の審査を行うことができます。
- 企業買収委員会(Takeovers Panel):買収活動について、法律を文字どおり遵守しているかどうかという点と、それ以外に容認できない状況がないかどうかという点(間接保有による潜脱にあたらないかなど)の両面において審査を行います。同委員会が容認できない状況があると判断した場合、幅広い命令を出す権限を有します。同委員会の権限は、同委員会が自らの意思で行使可能なものではなく、ASIC、株主、または利害関係者
の請求により行使することができるものです。
- オーストラリア証券取引所(ASX):上場している事業体が行うことを許されている活動についての規制の一翼を担います。
- 外資審議委員会(FIRB)/財務省:承認が必要な外国投資の審査を行います。
- オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC):独占禁止法を所管しています。
ASICとASXは、上場している事業体が継続開示に関する義務を遵守しているかどうかの監視も行っています。ここでいう継続開示義務とは、発行者の証券の価格または価値に重大な影響が及ぶと合理的な判断力を有する人が考える情報を認識した場合に、市場に対して直ちに通知する義務です。
証券交換による税の繰延べ措置
オーストラリアの所得税に関して、買収対象の証券保有者は、その売却により通常ならオーストラリアのキャピタル・ゲイン税(CGT)の課税対象となる場合でも、CGTロールオーバー(証券交換による税の繰延べ)措置の適格性を有する可能性があります。これは、かかる証券保有者が、買収対象の証券と引き換えに、保有証券の価値に相当する買収を行う側の事業体の証券を受け取る場合に生じます。
この証券交換による税の繰延べ措置は、実質的には、買収対象の証券保有者が交換により取得した買収を行う側の事業体の証券を売却するまで、キャピタル・ゲイン税の納税義務を繰り延べるものです。証券交換による税の繰延べ措置を受けるための重要な要件の一つは、当該証券交換の結果、買収を行う側の事業体が買収対象の事業体における議決権付証券の80パーセント以上を取得することです。