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導入

オーストラリアを含む世界各国の規制機関は、贈収賄・汚職防止のための調査と権限執行にますます積極的かつ協力的になっています。贈収賄・汚職に関与した場合、関係法令に違反した場合、および/または贈収賄・汚職のリスクを軽減するための強固なコンプライアンス体制を実施しなかった場合、個人および企業に対して厳しいペナルティ(罰金や懲役刑まで)が課せられるおそれがあります。また、従業員および取引先からの信頼を失ったり、企業の評判を損なうなど、法令違反の結果は広範囲に及びます。

世界経済が統合の度合いを深めるに従い、規制機関は国境を越えて協働を進め、リスクの高い地域(捜査当局と訴追当局のためのOECDグローバル・ネットワークの設立によって高リスクであるとされる地域)に関して重点的に取り組むようになっています。このことは、オーストラリア企業およびその取締役(またはオーストラリアで事業を行う企業)は、オーストラリアの贈収賄・汚職防止関連法規に加え、他国の法規についても理解する必要があるということを意味します。米国と英国は特に厳格な法規制を有しており、かつそれを強力に執行し訴追する傾向があるため注意が必要です。

連邦政府は近時オーストラリアの贈収賄防止・汚職防止体制を強化するための改正を複数行っており、企業は贈収賄と汚職に対して、十分に検討した上で積極的なアプローチを採ることが必要です

オーストラリアにおける汚職のリスク

トランスペアレンシー・インターナショナルが2017年に発表した世界腐敗認識指数によれば、オーストラリアは、過去6年で点数が8ポイント落ちてはいますが、2015年以来世界で13番目に汚職の少ない国に留まっています。このランキングから、オーストラリアは比較的贈収賄・汚職リスクの低い環境であるとの印象を与えるかもしれませんが、近年、贈収賄・汚職防止が重点的に取り扱われています。

  • 2018年3月、オーストラリア上院経済諮問委員会が、外国公務員に対する贈賄に関するオーストラリアの法律の有効性と改善に関して報告書(上院報告書)を公表しました。上院報告書には、法改正のための提案が含まれています。提案の中には、外国公務員に対する贈賄を重大なマネーロンダリング違反の前提犯罪として取り扱うために、贈収賄・汚職防止のための調査範囲を拡大することが含まれており、これが実現すると、本来は法的に許容されないほど強制力が高く機密性の高い捜査権限を政府当局が得ることになります。
  • オーストラリア議会は、会計書類の取扱いに関して意図的な行為と不注意による行為の双方を犯罪とするための新たな不正会計条項を、刑法(連邦法)に導入する改正を成立させました。
  • 連邦公訴局長官は、オーストラリア準備銀行の子会社であるSecurency International Pty LtdおよびNote Printing Australia Pty Ltdを刑事訴追しました。2018年5月には、前Securency上級職員のClifford Gerathyが不正会計について有罪答弁をしました。
  • 2017年7月、Lifese Engineering Pty Ltdの前取締役が外国公務員に対する贈賄を共謀したことについて有罪答弁をし、各取締役は5年間の懲役とと25万豪ドルの罰金を課せられました。
  • ミニステリアル・ディレクションのもとで、外国公務員に対する贈賄の調査がオーストラリア連邦警察(AFP)の戦略的優先事項の一つとされました。
  • AFPの部局横断的な重大金融犯罪タスクフォース内に、詐欺・汚職防止センターが設立されました。AFPは外国公務員に対する贈賄・汚職違反容疑に関して、現在19件の捜査を実施中です。公表済みのものとして、Leighton Holdings(現在の社名はCIMIC Limited)、OzMinerals Ltd、Tabcorp Limited、SMEC Holdings Limited、 Iluka Resources、Rio Tinto、Getax Australia Pty Ltd 、およびSundance Resources Limitedに対する捜査があります。
  • 2018年5月、北部準州警察長官が、オーストラリア連邦警察による捜査において司法妨害を理由に有罪とされました。

オーストラリアは、OECDの「国際商取引における外国公務員に関する贈収賄の防止に関する条約」(OECD贈収賄防止条約)の締結国で、同条約は、国を跨ぐ贈収賄に対処する法律の国際的な枠組みを規定しています。そのため、オーストラリアは継続的な進捗報告書の提出義務を負っており、OECDは依然として、オーストラリアは外国公務員に対する贈賄と汚職に関する法律の執行につき、さらに熱心に取り組むべきであるとプレッシャーをかけています。上記事案の結果、現地および海外の利害関係者(立法機関、NGO、メディアを含む)が、オーストラリアによる贈収賄・汚職撲滅に対する取組みの水準について、さらなる関心を寄せることとなっています。

法律の執行

オーストラリアは連邦制度を採用しているため、政府による単一の汚職防止政策は存在しません。連邦・各州・準州は、贈収賄・汚職に対処するためにそれぞれ異なる法律(成文法およびコモン・ロー)を有しています。

贈収賄・汚職の違法行為に対する捜査は、AFP、ASICおよび州・準州の警察がそれぞれ分担して行っています。捜査の結果は、当該事案を起訴するかどうかを判断する権限のある連邦・州・準州いずれかの公訴局長官に付託されます。

さらに、公務員(政治家を含む)および警察の汚職の嫌疑について捜査を行うための独立した機関が複数存在しています。これらの機関の例は下記のとおりです。

  • ニューサウスウェールズ州の汚職対策独立委員会(ICAC
  • ビクトリア州の包括的腐敗防止独立機関
  • 西オーストラリア州の腐敗・犯罪委員会
  • クイーンズランド州の腐敗・犯罪委員会
  • 南オーストラリア州の汚職対策独立委員会
  • オーストラリア法執行高潔性委員会

これらの機関は、贈収賄・汚職防止に関する実質的な法令違反に関して個人または企業を訴追することはできませんが、特別な捜査・調査権限を有しています。例えば、これらの機関の調査報告書を、更なる捜査のために警察へ引き渡すこと、連邦・州議会へ提出すること、または、場合によっては公表して汚職を明らかにすることが可能です。ニューサウスウェールズ州では、コモン・ロー上の黙秘権を無効としたうえで証人の公聴会を実施することなどを含むICACの権限について、重要な公開討論と法的検討が重ねられてきました。

2016年11月、ニューサウスウェールズ州議会は、ICACの構成と手続の公正に関する義務について大幅な改正法を可決しました。本改正は2017年8月7日に発効しています。改正法では、ICACが公聴会を開催するには、委員3名中2名の承認が必要となりました。また、改正法では、ICACが調査報告書に不利益な事実関係や意見を記載する前に、対象者に反論する機会を与えなければならないとされました。対象者から要求があった場合、反論の要約も調査報告書の記載に含めなければならないとされています。ただし、この改正でICACの広範な調査権が失われたわけではありません。

国内の汚職

連邦公務員の公務の遂行に関して影響を与える目的をもって直接または間接に不正な利益の供与またはその申出を行った場合、またはその利益の受領が連邦公務員の公務の遂行に対し影響を及ぼすと考えられる場合、刑法(連邦法)違反になります。

「利益」の定義は幅広く、あらゆる形態の利益を含み、金銭またはその他の財産に限られません。

「連邦公務員」とは、連邦およびあらゆる連邦機関の職員全てを含みます。

連邦公務員に対する贈賄の罪を犯した個人に対しては、10年以下の懲役および/または210万豪ドル以下の罰金が科せられます。

企業に対しては、2,100万豪ドル、当該行為に合理的に起因する利益の価値の3倍の額、または(当該利益の価値が算定不可能である場合には)当該企業グループの年間の売上高の10%のうちの、最も大きい金額を上限とする罰金が科せられます。

贈収賄・汚職により利益を受領し、または公務上の権限を濫用した連邦公務員に対しても、同様の犯罪が成立します。

他の者による贈収賄・汚職行為に対し、補助、幇助、助言または斡旋を行った者も、違反行為を行ったものとみなされます。

さらに、贈収賄罪で有罪判決が出た場合、罰則が科せられ、または犯罪行為によって得られた利益が没収される可能性があります。

本人(principal)の業務に関し、ある行為を行うことまたは行わないことについて代理人(agent)に不正に見返りを供与し、または申し出た場合、州・準州の法律により犯罪行為となります。また、当該犯罪行為を教唆、幇助、助言、斡旋、勧誘または誘発した者にも同様に犯罪が成立します。

罰則はそれぞれの州および準州によって異なりますが、個人の場合、罰金および/または21年以下の懲役が科せられます。

オーストラリアの一部の法域では依然として、贈収賄および公職不正は、制定法ではなくコモン・ローにより犯罪として取り扱われています。公務員の行為に影響を及ぼす目的で、当該公務員に対し不正な見返りの供与を行った場合、または当該公務員からそのような見返りを受領した場合、コモン・ローにも違反することになります。

一般に、賄賂または見返りの供与および受領を禁止している上記の州・準州の法律は、官公庁、私企業、個人事業の従業員または代理人に対する見返りの供与についても適用されます。

従業員が賄賂を受領した場合、2001年会社法(連邦法)に違反したこととなる可能性があり、その場合、20万豪ドル以下の罰金が課されるか、役員就任資格剥奪の命令または金銭賠償の命令が言い渡される可能性があります。

外国公務員に関する贈収賄

オーストラリアは、1999年、刑法(連邦法)に贈収賄・汚職防止に関する規定を制定することにより、OECD贈収賄防止条約を履行しました。

刑法(連邦法)の下では、ビジネスまたはビジネス上の利益を取得または維持するために、外国公務員の公務の遂行に対して影響を与える目的をもって、その者に本来帰属しない利益を直接的または間接的に供与し、またはその申出を行った場合には違法となります。外国公務員に関する贈賄違反に対する刑法(連邦法)上の罰則の上限は、オーストラリアの連邦公務員に関する国内の贈賄違反と同じ内容になっています。2015年に外国公務員に対する贈賄についての規定が改正され、特定の外国公務員に対する贈賄の意図がなかったとしても犯罪が成立するようになりました。

「外国公務員」は、外国政府機関、外国政府系企業または国際公的機関の従業員、請負業者または役員、外国の軍隊または警察の構成員、ならびに外国の行政機関、司法機関または行政管轄区の構成員を含みます。

オーストラリアの当局は、オーストラリアと捜査の対象となる事業体との間に十分な関連性があると立証できる場合に限り、違法行為に関して、企業および個人を訴追することができます。具体的には、法律違反を構成する行為の全部または一部がオーストラリア国内またはオーストラリア籍の飛行機または船の中で行われる必要があります。

また、違法行為の全てがオーストラリアの国外で行われた場合であっても、行為の時点で、犯罪を行った疑いのある者がオーストラリアの市民権を有する者、オーストラリアの居住者、またはオーストラリアの会社である場合には、上記が適用されます。

例外的に、下記の2つの場合には、抗弁が可能です。

  • 当該行為が当該外国公務員の国において適法である場合(成文法により当該行為が許容されているか、または必須のものとされている場合)
  • 金銭の支払いが、重要ではない「政府の日常事務」の処理を早め、またはその履行を確実なものとする目的で行われる、円滑化のための支払いであり、かつ当該支払いが小額である場合

「政府の日常事務」には、新たな取引の開始、既存取引の継続、またはこれらの取引の契約条件の決定は含まれません。なお、上記の例外の適用を受けるためには、企業は、外国公務員との取引の金額、日付、受領者および目的を十分に記録するための適切な記録保存手続を備えていることを示す必要があります。上院報告書では、この「円滑化のための支払い」に関する抗弁規定を法令から削除することが提案されていますが、どう決着するか未確定です。また、連邦政府も「円滑化のための支払い」に関する抗弁規定に反対する立場を示しているものの、直接規定を削除するには至っていません。これを踏まえ、企業としては、この抗弁規定を利用するに際しては十分注意する必要があります。

外国公務員に関する贈収賄の規制は、リスクが高い環境でビジネスを行う企業のコンプライアンス・リスクを高めています。特に、これらの活動が代理人によって、またはジョイント・ベンチャー企業を通じて行われている場合は注意が必要です。徹底したデュー・ディリジェンスおよび継続的なモニタリングは、贈収賄防止のためのコンプライアンス・プログラムの制定とあわせて、かかる分野のリスクを最小化するのに役立つと考えられます。

不正会計

2016年に、オーストラリアは不正会計に関する違反規定を刑法(連邦法)に導入しました。これらの規定は、会計文書に関する意図的または不注意による行為や不作為を犯罪として取り扱うものであり、オーストラリア国外で全部が発生した違反についても適用される可能性があります。

またこれらの規定では、不正な利益または損失を、それが本来は帰属しない者に提供し、またはその者から受領することを、促進、隠蔽または偽装するために、会計文書の作成、改変、廃棄または隠匿を意図的または不注意で行った場合(あるいは会計文書の作成または修正を怠った場合)、当該行為は違法とされます。

意図的な不正会計違反に対する刑法(連邦法)上の罰則の上限は、上記の外国公務員および国内公務員に対する贈賄違反と同じ内容です。不注意による不正会計違反に対する罰則の上限は、意図的な不正会計違反に適用される上限の50%です。

企業責任

刑法(連邦法)によれば、企業は、様々な状況において、企業の代理人の行為について刑事責任を問われる場合があります。特に、法令違反を誘導し、促進し、容認し、または招くような企業文化を有している場合、または企業が法令遵守を義務付ける企業文化を創出・維持していない場合は、これに該当します。

オーストラリアの公務員に対する贈答/接待

オーストラリアの公務員に対する贈答/接待の提供については、私企業の従業員に対する場合に比べ、更なる注意が必要です。

通常、オーストラリアの公務員は、追加的なガイドラインの対象となっています。例えば、連邦、州・準州の各政府は、それぞれの行為基準(code of conduct)に従って公的サービスを提供しており、これらの行為基準は、多くの場合、各政府機関独自の行為基準に加えて適用されるものです。

公務員に対する贈答/接待に関して、一般的に許容可能とされる限度は存在しません。ただし、政府機関によっては、独自の行為基準において金額の限度を規定している場合もあります。詳細は個別に適用されるガイドラインによりますが、一般的には、以下のとおりです。

  • 名目的な価値を超えた贈答品、または過度のもてなしは避けること。
  • 公務員に対し交通費または宿泊代(当該機関の事前承認のないもの)を支払うことは、基本的に不適切な行為となる。

今後の見通し

オーストラリア連邦警察(AFP)には、贈収賄・汚職防止のための取組みを強化せよとのプレッシャーがオーストラリア国内外から寄せられています。その結果として、AFPは個人や法人の刑事責任の追及に一層取り組むようになると考えられます。

海外のマーケットに進出するオーストラリア企業の数は増加し続けており、また、AFPが外国公務員に対する贈賄を重点的に取り締まって行く方針を宣言していることからも、オーストラリアにおいて外国公務員への贈収賄や不正会計やマネーロンダリングなど他の贈収賄・汚職違反の訴追案件は、今後さらに多くなるものと考えられます。

オーストラリアは、法の執行により成果を上げていく能力を強化する手段の模索を継続しています。連邦政府は、近時、オーストラリアにおける贈収賄・汚職防止体制を強化するための法改正を次々と打ち出しており、企業においては贈収賄と汚職に対して、十分に検討した上で積極的なアプローチを採る必要性が高まっています。

これらの法改正には、以下のものが含まれます。

(a) 内部通報者保護の拡大

2017年12月、財務省法改正案(内部通報者保護強化)2017が連邦議会で審議入りし、現在上院で審議中です。この法案が可決された場合、会社法が改正され、会社および金融業界における既存の内部通報者保護制度の統合・強化がなされ、特に税法違反の通報をした内部通報者を保護する仕組みがつくられます。この内部通報者保護法案は、全ての公開会社と大規模な非公開会社に対して、所定の事項について定める内部通報ポリシーを策定し、役職員がポリシーにアクセスできるようにすることを求めています。

(b) 外国公務員に対する贈賄罪の拡張

2017年12月、刑法改正案(企業犯罪防止)2017が連邦議会で審議入りし、現在上院で審議中です。

本法案は、外国公務員に対する贈賄に対する刑法の規定を複数改正することを提案するものです。この改正は、外国公務員に対する贈賄に関する犯罪の範囲を単純化するとともに拡大し、これに関与した個人および法人の調査と訴追の障害となる実務上・証拠上の問題を解決することを目的としています。主要な改正点には以下のものがあります。

  • 「外国公務員」の定義を拡張し、現在の刑法で外国公務員と定義されている者の候補者として、公式・非公式に立候補しているまたは指名されている者を含むようにする。
  • 外国公務員がその職務の遂行に関して影響を受けたこと、という要件を削除する。
  • 犯罪が成立するには、ビジネスまたはビジネス上の利益が「本来帰属しない(not legitimately due)」ものでなければならないという要件を、「ビジネスまたはビジネス上の利益の取得または維持のために外国公務員に不当に影響力を行使したこと」というコンセプトに変更する。
  • 犯罪の範囲を拡張して、ビジネス上の利益ではなく個人的な利益を得る目的で外国公務員に対する贈賄が行われた場合も違反とし、特定の利益の取得を目的としない行為も違反の対象とする。
  • 企業の関連当事者が企業の利益のために外国公務員に対する贈賄を行った場合に、その企業に厳格責任を問う新たな犯罪類型を創設する。

(c) 訴追延期合意の導入

上記刑法改正案が成立した場合、連邦レベルでの訴追延期合意(deferred prosecution agreement)(DPA)の仕組みも導入されることになります。この仕組みにより、連邦公訴局長官が、外国公務員および国内公務員に関する贈収賄罪を含む所定の重大な企業犯罪に従事した企業との間で、DPAを締結することが可能になります。

DPAの定める条件に従って、企業は、連邦公訴局長官によるDPAで特定された犯罪の訴追を免れる代わりに、幅広い条件を遵守する義務を負います。DPAを締結するか否かは任意で、企業は有罪であることを認める必要もありません。

提案されているDPAのルールには、企業犯罪に手を染めた企業にとってDPAが訴追を免れるフリーパスになることを防止するための様々な仕組みが含まれています。法務省はDPAの運用と実施について実務的な指針となるようなコードの草案を作成しています。

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